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「そうですそうです、リアタイの時、思い込みの激しいコメント書かせてもらい、zhenlyさんに受け止めて頂いてました、懐かしいですね~

日本でも、戦国時代、清らかな幼子が、邪気を払い、武運を呼び込むと信じられていたらしく、大きな陣に幼子を帯同することがあったそうなんですよ(危険で迷惑な話ですが)
そっか、清らかな人(子)に神は宿るのか~って思ってたんです。

そして、本編で産神様がトッカの成長を見守っていて、彼の穢れなさを確か取り上げていた時がありませんでしたか?
それで、神が宿るってことがありそうかな?って。

そして「その選択」のことですが
ウンタクを「助けるため」に、トッケビ新婦の役割を果たさせる=シンの剣を抜く⇒無に還る、という選択のことなのかな?って。
シンが900年間、新婦を探していたのは、自分の為にだけ、でしたよね。抜く側の存在についてはどうだったでしょう?
きっと、自分の命の事のみ、ほぼほぼ気になってきたんだと思うんです。
毎日が遺言状なんですから。
でも、この場合は違う。ウンタクを守るために、自分の命を差し出すんですよね。
ソバ畑で、剣を抜いてもらおうとした時と、全く違う立場になって。
神様との最初の約束は、トッケビ新婦のみが剣を抜ける、そうすれば無に還って平安が訪れる…
この話、全然、今のシンには受け入れられないですよね、どこが平安じゃ!って。
どうして、自分はたった100年の間、ウンタクと愛し合いながら死を迎えちゃダメなんだ?って理由教えて欲しくなるんじゃないかなぁ…と考えてみました…

長々書いてスミマセン…」



確かにシンは自分の剣を抜いてくれる存在として「花嫁」を認識していましたが、その「花嫁」を愛してしまうとか、その花嫁の気持ちを考える・・・なんてことは想定外だったでしょうね。

神がシンを再びよみがえらせたときに、「お前が殺した人間たちにも兄弟や親がいた」と言ってましたよね?
シンにとっては相手を殺すことは正義だったでしょうが、相手から見ればそれは正義でもなんでもないわけで、立場が代わればものの見方というものはおのずと変わるもの・・・

それとまったく同じ話なんですね。

神はそういうところも踏まえて、「剣を抜く」というものを定義付けしているのかもしれません。

シンは王の命ずるままに戦いに明け暮れていましたし、今回も自分の生を終わらせたくて花嫁を探してきました。
そして、とても理不尽な状況に追い込まれるわけです。どちらの場合も。

結局、人生というものは、不条理だ・・・ってことなんでしょうか??
難しいですね。7




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No title

そうか~シンが蘇った時に、「お前が殺した人間たちにも兄弟や親がいた」って、言われてたんですね
神様、色々言っている(笑)

シンはだから、わざわざ剣が刺されたまま、蘇るんですね
沢山の人々の、もちろん、シン自身の思いと命と血を吸いこんでいる剣だから。
ワンヨが授けた剣でもあるし。

トッケビは、本来はホウキみたいな、長く使われた品物に神格が宿って産まれるという伝承だから、イメージぴったり重なります

zhenlyさんのお返事で、考えてみたら、剣で「刺されて」生命を失う、てのはあっても、「抜く」と無に還る、というのも滅多にない話
不滅と蘇りは褒美でも、胸の剣は、罰でしかない。

ホント、仰るとおりにとことん、不条理劇なんですよね



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